よもやま話 - 2021.08.12 THU

こだわりの思考回路

こだわりの思考回路を探りに伺う

昨年、新規開店される直前にお伺いした中目黒の「日本料理 炎水」様。開店前のまだ未完成なところを拝見し、少しお話を聞いている中で印象に残ったことがありました。「カウンターの水栓を見せたくないんです。」そのために業者さんと何度も打ち合わせ、実現したと。「これは相当なこだわりが詰まっていそうだな」と感じました。そこで今回は「こだわりの思考回路」と題し、「日本料理 炎水」の伊藤様にお話をお聞きし、そのこだわりの思考回路を探ろうと思います。

お客様に伝えたいことがある。そのためのフラットなカウンター

以前水栓が見えないような作りの工夫の話を聞かせていただいたんですが、そこをもう少し聞いてもいいでしょうか。

ああ、水栓ですね。普段仕込みの時はこの状態で使っています。


営業中は蓋をしています。

これは見たことがないですね!

カウンター同様、ヒノキでそろえています。

隣にはコンロが来ます。出汁を引くのも目の前でやっています。

だからそこにコンロ用の穴があるんですね。

そうなんです。こうすると営業中もほぼフラットな状態を保てるわけです。

水栓は営業が始まったら使わないんですか?

使いますよ。こうやって手を洗えるんです。

なるほど!考えられていますね。

それでここが鰹節を引くところなんです。

こうセットして鰹節を引くんです。で下が鰹節の受けのケースにになっているんです。

え!!目の前で削っているんですか。

そうです。鰹節台を置いてしまうと高さが出てしまうので、一つの空間としてやはりフラットがいいと思い、こうしました。

これはいつ考えていたんですか。

店を始める結構前から考えていて、実際内装屋の方とデザイナーの方と一緒に考えました。まずこの寸法が店の中で一番初めに決まり、そこから店全体を逆算していった感じです。

この厨房とお客様の座る高さの調整も相当検討しました。内装屋の方とデザイナーの方の腕のおかげですね。 つけ台も極力下げることで出汁を引く際の香りなどもダイレクトで感じてもらえるようにしています。高さがない分、近くも感じますし、実際近いんです。

ここで刺身を切るんですね。

そうです。ダイレクトに手元が見えるほうが楽しいかなと考えました。こちらのプレッシャーは相当高まります(笑)。カニやエビなどを剥いている際には殻が飛びやすいですし、鰹節も飛ばせないので気は抜けませんね。 ここは一般的な広さのカウンターなのですが、こうやってフラットにし、横や上に棚を置かないことで広く感じていただけたらと考えています。

コースの中のお椀、お椀の中の出汁のコース

最近、こんな器が手に入りました。

蓋付きで素敵ですね!これには何を入れるんですか。

お出汁です。元々お猪口みたいなもので出していたんですが、お茶の聞香杯じゃないですが、お出汁の香りを閉じ込めたいと思っていて、いい器を探していたんです。

なるほど!まずこれで飲んでいただくわけですね。なぜそういうことをされているんですか。

鰹節と昆布と水だけでこんなに美味しいものが出来上がるんだよ、というのをストーリーを持ってお伝えしたいからです。まずここで一枚鰹節を削って食べていただき、そのあと味付けも何もしていない一番出汁のピュアな香りと味を味わっていただき、そのあと味を整え、最後にお椀を食べていただく。コースの中にお椀がありますが、お椀の中にもコースを作っているイメージです。

生産者さんから受け取った思いをカタチにする

それだけお椀やお出汁を味わっていただきたいということなんですね。 それはいつ考えたんですか。

それはこのカンナと出会ってからですね。物凄く切れて物凄くいい出汁が取れるんです。それでこれはもっと面白いことをしたいなと。実際生産者さんに会いに行ってその場で長切りしたり、切った形状を見ていただいたときに感謝されたんですよね。職人さんもやってて良かったと。その思いを受け取った時に、じゃあ何が僕にできるんだろうと、もっとやるべきことがあるんじゃないかと考え抜いてこの提供方法に行き着きました。

さっきもお話ししましたが、最初お猪口みたいなので出していたんです。でもそれだとすでに香りが逃げてしまっていて。出汁って一番出汁の上澄みの部分が一番美味しいし香りもいいんですよ。でもそこは料理人しか味わってないんですよね。それをお客様に届けるための器がこれです。

そういうものを探していたわけですね。

そうです。そうしたら、たまたまお茶をやっている方が、こういう陶芸家さんいるよと教えてくれて。丹波篠山に釜を構えてらっしゃる林さやかさんという若手の女性作家さんでした。こういった質感というのは、なかなかないんですよ。白が得意の方で。僕にとって白っていうのがとても大切でした。「誠実」だったり「純白」だったりという何にも染まっていないイメージが白にはあるじゃないですか。一番出汁も塩も入れていない、何にも染まっていないものですから。出汁は昆布と鰹節のみだし、器も土と火だけでできてますので、そういったピュアなもの同士で出すということを大事にしています。

やっぱり喜んでもらえますか。

もう蓋付きだと全然違いますね。言わなくても伝わるというか、お話しをされている方もこれを出すと「うまい!!」と言ってもらえたりしますね。

生産者さんはお客様には直接伝えられないので、代弁していくのは結局僕らなんですよね。それをどれだけ代弁できるかだと思うんです。直接言わなくてもこういった器、料理で表現して伝えていくということだと思っています。

表現することとお客様の満足と両方があるかと思うのですが、それは伊藤さんの中でどっちが先にあるのでしょうか。

それは両方一緒でいいんじゃないですかね。両方同時に「よーいどん」という感じですかね。この器を出すようになってからお客様も向き合い方が変わったというか、整えるみたいな感じに作用していますね。

新しい料理提供の提案

実はこれを新しい日本料理の提案の第一弾として考えています。これが一番良いというわけではないんですが、こういう出し方を提案できて、それに賛同してくれる方が増えたら面白いなと思います。このやり方を色々な人が真似してくれたら嬉しいし、陶芸家さんも仕事が増えますし、そういったサイクルにしていくきっかけになれたらと考えています。

話が戻ってしまいますが、カンナと出会ったと話していましたが、普通カンナと出会うなんてなかなかないんじゃないでしょうか。

もうそれはガチで探していました(笑)。めちゃめちゃ探してやっとたどり着きました。燕三条のカンナにこだわってる職人さんがいて、鰹節専用のものや、他にも色々作ってらっしゃって、ラインナップがすごいんです。カンナ一つ一つに名前がついてるくらいなんですよ。そこで作ってるのはえげつないほどキレるんです。

通常、楔(くさび)みたいなのがカンナの刃の上には入ってるんですが、鰹節を削るとそこに粉が入ってしまい衛生的によくないので、その楔を使わない加工になっているんです。さらに刃が平行にがっちり固定されています。そもそも僕ら素人にはこのカンナの刃を平行に出すこと自体が難しいので、基本的な調整は送ってやってもらっています。研ぎも最初慣れないうちはすぐに出していましたが、最近は1か月に1回か2か月に1回くらいになりました。

そこまで鰹節の切り方にこだわっていたんですね。

1本の鰹節を先から端まで一枚長切れした物を使用する事により、雑味が出づらいお出汁が取れるような体感があります。切味と漢字で書く様に、切る行為一つで味わいがとても変わります。 それがとても重要で、そのためにも長切れできるカンナが欲しいと思っていました。

こだわりの数々

ここで一旦、伊藤様こだわりの品をご紹介させていただきます。

杉のらんちゅうを使っていたが、すき焼きの卵黄や鮑の肝などが箸先に付けてしまうと、その色が付いたついたままコースが進む。直接お客様に言われたわけではないが伊藤様が気になったのもあり、この塗り箸になったそうです。


折敷

伊藤様の家紋をモチーフに別注したもの。この店を運営するにあたって親御さんや家族に支えられていることを改めて思い、家紋を使ったとのこと。


椅子

和食店では白木のカウンターがよく見えるように背もたれがテーブルの高さの椅子にすることが多いが、3時間座っていても疲れないということ美しい姿勢を保てることに重きを置いて選んでるとのこと。


トーションクリップ

トーション(膝掛け)を首から下げるときにお使いいただくもの。膝より胸元の方が汚れやすいという気遣い。お客様が選ぶのも楽しい。


切子

繊細な模様が気に入り職人さんに作っていただいているもの。切子もずっと理想を追っている一つだそうです。


西陣織のコースター

岐阜の若手作家さんの手によるもの。冷たく汗をかく飲み物には使わず、日本酒などの場合にお使いになるとのこと。


お手洗い

コンセント、配線は一切出ないようになっており、アメニティもスッキリ収まっています。黒文字の香りのマスク用スプレーは奥様のアイデアだそう。あともう少し奥行きがあったら配管も隠せたのだとか。

料理なども新しいものやアップデートさせたりを常に考えてらっしゃるのですか?

新しいものは考える時間を作りますね。 アップデート系は最終的にこの食材をどうしたいかというのをまず決めます。 揚げたいか、炊きたいか、頭の中で最終形態を作り上げてそこから逆算してやっていく感じですね。この旬の脂だとできないからこう変えようとか。最終形態がどんどん変わっていくこともあります。

器を決めてから逆算することもありますよ。

たとえばこれですね。この器に特注で作った串におでんの具材をさして出しているんです。

この器からおでんを提供しようと逆算したんですね。 ここから発想をされるところがすごいですね…。


編集後記

全てにこだわりやストーリーを意識的に持たせている伊藤様。 そのこだわりとお客様への気遣いとのバランス。そして生産者さんの想いを受け取ってかたちにしようとする決意がありました。 アーティストであり経営者であることでお客様の喜びを高次元で実現し続ける姿に惹かれる人はきっと多いと思いました。 それが高じてプライベートでも店のことと繋げてしまう。そのこだわりの思考回路のベースにあるものは、料理が好きで店が好きで人が好き、ということに他ならないとも感じました。


今回ご協力いただいたお店

日本料理 炎水

〒153-0061 東京都目黒区中目黒1丁目5−12 ATRIO1F

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